海洋酸性化がサメに及ぼす影響【研究・論文】

魚の中でも非常に人気の高いサメ。最近はサメだけが大好きという方も結構見かけます。
今回はそんなサメと海洋酸性化に関する論文やその参考文献を読み、日本語でまとめました。

今回の記事は文章量が多めで内容も難しいです。難しい専門用語(酸性化?ネコザメ?)についての説明もしているので、頑張って一緒に勉強していきましょう!分からないことは気軽に聞いてください!
海洋酸性化がサメに及ぼす影響【二酸化炭素・環境問題】
サメは海洋酸性化に強い影響を受ける?

皆さんのイメージ通り、サメは非常に強い生き物です。海洋食物連鎖の頂点に君臨しているサメもいます。
しかし、そんなサメも環境問題に苦しんでいます。特に近年、サメが強い影響を受けると考えられている環境問題の一つが「海洋酸性化」です。サメの鱗(うろこ)は酸性の海に腐食されやすいと考えられる成分で構成されているからです。
簡単にいうと、大気中の二酸化炭素の増加により、海の酸性度が上昇すること。サンゴや貝殻に与える影響が危険視されている。
詳しくまとめると、海洋の酸性化が起こるメカニズムは以下の通り。
①大気中の二酸化炭素が増加する。
②大気中の二酸化炭素が海に溶け込み、海中の二酸化炭素(CO2(aq))が増加する。
③以下の化学反応が右側に傾き、海中の水素イオン(H+)濃度が上昇、すなわち海の酸性度が上昇する。
CO2(aq)+H2O ↔ H2CO3 ↔ HCO3–+H+ ↔ CO32-+2H+
(aq): 水に溶け込んだもの
③の化学反応が右側に傾く理由を正確に知るためには、高校化学で習う「化学平衡」と「ルシャトリエの原理」について学ぶ必要があります。この二つについて分かりやすく説明しているサイトを掲載します。
もしこれらのサイトを読んでも分からない場合はこの記事のコメントやTwitterなどで質問してくださいね。分からないまま続きを読んでも全然大丈夫です!
【過去の研究】海洋酸性化と生物の関係

これまでに報告された海洋酸性化に関する研究のほとんどはサンゴや貝類を対象とするものであり、少しだけサメを対象とするものもありました。ここで2点の疑問が浮かびます。
1点目。なぜ他の魚ではなくサメなのでしょう?実はサメやエイなどには、楯鱗(じゅんりん)と呼ばれる特殊な鱗(うろこ)があります。楯鱗は象牙質とエナメル質から構成されているため、歯に非常に似ているのです。炭酸のジュースを飲み過ぎると歯が溶けるという話を聞いたことがあるかと思いますが、それと同じ原理で、楯鱗も酸性化された海では腐食するのではないかと考えられてきたわけです。
続いて2点目。なぜサンゴや貝類と比較するとサメの海洋酸性化に関する研究は少ないのでしょう?この理由は、サメをサンゴや貝類と比較すると動くし大きいし危険なため扱いにくいことや、多くのサメが絶滅の危機に瀕しているということが特徴として挙げられるからです。
僕も大学院で研究をしていますが、研究において研究対象の扱いやすさは非常に大事な要素です。実験のしやすさはもちろん、信ぴょう性のある安定したデータを取りやすいからです(複数回の実験を近い条件で行いやすいため)。
ちなみに実験対象の扱いやすさのことを「ハンドリング」と呼びます。「ハンドリングしやすい」「ハンドリングの問題から選んでいない」といった使い方をします。
実際に、サメの皮膚や歯が水の酸性度から受ける影響について報告している論文は2019年11月までにわずか1報でした。その上、その研究で用いた水の二酸化炭素濃度は実際に存在する高濃度の海水よりも低かったため、有意な報告とは言いにくかったのです。
ちなみにその唯一研究で研究対象となったのは北大西洋に生息するネコザメの一種です。

ネコザメ目ネコザメ科のサメ。目の上にある突起がネコの耳に見えることからネコザメという名前に。比較的おとなしいサメであるため、ハンドリングしやすい。
【今回の研究】海洋酸性化がサメに及ぼす影響【実験】
今回の研究グループは、パフアダーシャイシャークを研究対象としました。このサメも上記のサメと同様、ハンドリングしやすいネコザメの一種です。
サメの歯と鱗(うろこ)が海洋の酸性化からどのような影響を受けるのかを知るのが本研究の目的です。今回はパフアダーシャイシャークの歯が小さくて分析が困難であるため、鱗のみを分析しています。研究グループによると、今回分析した鱗の構成成分は歯とほぼ同じ(リン酸カルシウム系の成分)であるため、 鱗の実験結果から歯への影響も推定できるとのこと。実際は「歯と鱗が海水とどのように接するか」などによる差もあるでしょうが、その辺りも踏まえた判断だと思われます。
実験の順序は次の通り(専門用語の説明は後ろにあります)。
①南アフリカのケープタウンでパフアダーシャイシャークを捕獲する。
②サメを研究用の水族館に運び、4か月間順化させる。
③13匹のサメを対照群と実験群に分け、 一般的な海と同等なpH8.1の水槽に入れる。
④実験群の水槽だけ、酸性度を5日間かけてpH7.3にまで向上させる。
⑤約2か月間の飼育の後、電子顕微鏡などによってサメの鱗の変化を観察する。
まわりの環境が変わったあとに、その場に慣れさせること。動物を捕獲して場所を移して動物実験に用いるときも、安定したデータを得るため、実験前に順化させます。
複数の異なる条件下で実験を行なって結果を比較する「対照実験」において、基本的な条件下で扱う実験対象を「対照群」、特別な条件下で扱う対象を「実験群」と呼ぶ。ざっくり言うと2つのチームに分けてそれぞれを比較するという話。
酸性度、塩基性度を表す指標の一つ。基本的にはpH0〜pH14の範囲内である。値が小さいほうが酸性度が高く、大きいほうが塩基性度が高い。中間地点であるpH7付近は中性と呼ばれる。
一般的な海はpH8.1程度であり、少し塩基性よりです。ちなみに今回の研究において実験群の飼育に選ばれたpH7.3は、「大気中の二酸化炭素が今後も同様のペースで増加した場合、2300年に到達する海の酸性度」と言われています。また現在においても、一定の条件下ではpH7.3に到達する海洋も存在するとのことです。
【今回の研究】海洋酸性化がサメに及ぼす影響【結果】
2か月間の飼育の後にサメの鱗を分析したところ、実験群のサメのみ、鱗の構成成分であるカルシウムやリン酸塩の濃度が著しく減少していました。また鱗の重量の変化を測定したところ、実験群のサメは約25%減少していましたが、対照群はわずか約9%の減少でした。
下の画像は飼育後のサメの鱗をSEM(セム)で測定した画像です。左の三枚が対照群のサメたちで、右の三枚が実験群のサメたちです。前者は鱗の表面がなめらかですが、後者はざらざらとしていることが分かりますね。これが酸性度の高くなった海水による影響なのです。

https://www.nature.com/articles/s41598-019-54795-7
日本語では走査電子顕微鏡。英語ではScanning Electron Microscope。省略してSEM(セム)と呼ばれることが多い。物体に電子線を当てて物体の表面を測定する機器。素材から生物まで様々な物体に対して用いられる。
【今回の研究】海洋酸性化がサメに及ぼす影響【考察】
上記の分析結果から、海洋酸性化がサメに与える影響は大きいと結論付けられました。サメの歯や鱗が損傷すれば、食事や遊泳に問題が出てくると考えられます。
食物連鎖の頂点にいるサメの数が減少すると、生物のバランスが崩壊する恐れもあります。既に絶滅の危機に瀕している種もいるため、海洋酸性化を食い止めることはとても重要です。
。

しかし、研究グループは「海洋酸性化がサメに与える影響の大きさは種によって異なる可能性が高い」と述べています。その理由の一つが「サメの捕食方法によって、鱗の損傷が与える影響の大きさが異なる」からです。
例えばホオジロザメのように素早く泳ぎながら捕食を行うサメは、鱗の損傷具合によって泳ぐスピードを強く制限されてしまうため、捕食が困難になる可能性があります。一方、今回実験に用いられたパフアダーシャイシャークのようなサメは獲物を待ち伏せして捕らえるため、鱗の損傷が狩りの能力に与える影響は比較的小さくなるのです。
また、他の理由として「強固な鱗が求愛行動による同種からの噛みつきや、別種の捕食者の攻撃から身を守るのを助ける」ことが挙げられます。こういった攻撃を受けやすい種は、海洋酸性化の影響を比較的強く受けると言えるでしょう。
これらの要因から、研究グループは、「今後は様々な種ごとに研究を進める必要がある」と考えています。
まとめ

今回はサメと海洋の酸性化に関する研究についてまとめました。テーマについての知識を得ることはもちろん、海洋生物の実験がどのように行われるのか・得られた結果からどのような考察をするのか、なども体験していただけたかと思います。
難しいところも多かったかと思いますので、理解できないところがあれば気軽に聞いてくださいね。
それではまた次の記事で!
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